ジャパンライフ山口元会長と政界のコネクション




 マルチ商法で多数の被害者を出した「ジャパンライフ」の元会長・山口隆祥氏に「桜を見る会」の招待状が送られ、勧誘に利用されていたことが問題となっています。

 私はおよそ30年前、ジャパンライフの被害にあいました。

 その当時、何度も山口隆祥氏に直接会って、名刺交換や挨拶程度の会話をしました。



 山口隆祥は「たかよし」が正式名称ですが、カッコつけなのか、何かを偽装したいからなのか、当時「隆祥」と書いて「りゅうしょう」と名乗っていた記憶があります。

 正確に言うと、私がジャパンライフの商品を買わされたのは1987年のことでした。

 当時すでに「ジャパンライフ」の前身である「ジェッカー」というフランチャイズチェーンを倒産させていた山口隆祥は、新たに設立した「ジャパンライフ」で、過去を精算したかのような涼しい顔をして「カリスマ経営者」の座におさまっていました。

ジェッカーとはどんな会社?

 驚くことに、画像検索をすると令和の今の時代でも「ジェッカー」の商品がいくつか、オークションサイトなどに出回っています。

 そのほとんどは単なる「レトログッズ」として紹介され、今、「桜を見る会」で注目が集まっている山口隆祥氏の関連商品という認識はないようです。

 例えば↓電話機に取り付けるオルゴール。
ジャパンライフ 山口隆祥 ジェッカー

 昔の黒電話には保留ボタンも、保留音もなかったので、このオルゴールを黒電話に取り付け、電話を保留する時に使用したものと思われます。

 また、ジェッカーの主力商品が下記の↓回転式の電話台でした。

ジャパンライフ 山口隆祥 ジェッカー

 黒電話を乗せて使用する台です。ただの回転式の台ではなく、電話帳が内蔵されています。

ジャパンライフ 山口隆祥 ジェッカー

 さらに、こちらも保留する時に使用できるオルゴールもついています。

 「少々お待ち下さい」という時、受話器を受話器の上に飛び出した茶色い四角の上に乗せると、オルゴール音が流れ、今で言う「保留音」の代わりになりました↓。

ジャパンライフ 山口隆祥 ジェッカー

 スマホで全てがまかなえる今の時代では、ありえない事ですが、昭和40年代当時は、この程度のグッズでも「革命的な便利グッズ」だったわけです。

ジェッカーチェーン株式会社代

 「ジェッカー」とは「ジャパンライフ」を設立する前に山口隆祥が経営していた会社で「ジェッカーチェーン株式会社代」が正式名称です。

 「ジャパンライフ」では、山口隆祥の過去を紹介する時に、
「最初は電話機の付属品を発明して、利益を上げた」
 というよな都合のいい紹介をしていました。

 私の記憶が確かなら、一番最初に「山口隆祥が発明した」と言われている(本当かどうか、不明ですが)のは「黒電話の受話器に取り付ける芳香剤」でした。

 確かに昭和の時代に、時々「受話器に貼り付ける芳香剤」のようなもを使用している家庭や企業を見かけました。

 詳細は忘れましたが、何かをきっかけに山口隆祥が「電話の受話器の通話口に、何かいい香りのする芳香消臭剤のようなものを取り付けたら、喜ばれるのではないか」と思いついた。そして、それを商品化し、自らが行商人となって一軒一軒の会社に飛び込み営業して売り歩いた。

 やがて電話機用芳香剤はヒット商品となり、その利益で次々と「電話機の付属品」を開発販売した。

 これが山口隆祥の成功談として30年前の「ジャパンライフ」で紹介されていました。
 「体験会」や「定例会」と称して、見込み客を集めた集会を開き、まず最初に見せるのが「アヒル飛びなさい」という古い短編映画でした。この中で、確か、そのよな山口隆祥のエピソードが紹介されていた気がします。

 実際には、その「電話機の付属品」を売るジェッカーは「マルチ商法」と叩かれ、倒産していたのでした。

 当時まだ十代だった私は、そんな出来事も何も知らず、また、現在のようにネットやスマホで過去の出来事を調べたり検索したりすることもできず、まことしやかに語られる山口隆祥の成功談を信じ込んでいました。

くわしくはこちら>>>■実録ジャパンライフ 私の体験談 

山口隆祥先生

 30年前の「ジャパンライフ」の山口隆祥は、社長や経営者というより「教祖様」のような扱いを受けていました。

 当時、ジャパンライフの本社は池袋のサンシャイン60・37階にありました。

 ワンフロア全てを「ジャパンライフ本社」として賃貸契約し、オフィスや集会を開く部屋の他に、商品を展示するショールームもありました。

 当時、私に「もっと紹介者(ジャパンライフの商品を買わせる客)を連れてこい」と言っていたディストリビューター(営業マンのようなポジション)は、そのショールームにあった毛皮のコートや高級バッグを見せ、
「あなたが沢山紹介者を連れてくれば、あなたも儲かって、こんな毛皮やバッグも買えるんだよ」
 と説明しました。

 沢山紹介者を連れてきて、商品を沢山売った人には「バックマージン」といわれるキックバックが支払われるのですが、毎月「定例会」と称して、このサンシャイン60の集会ルームに人を集め、
「〇〇販社(ジャパンライフの商品を売る販売会社)△△さん、報酬85万円!」
「〇〇販社、□□さん、報酬135万円!」
「〇〇販社、◎◎さん、報酬220万円!」
 と、派手に支給額を読み上げて、現金を手渡すセレモニーがありました。

 私は何年もあとに、テレビでホストクラブの給料日のドキュメントを見て、ジャパンライフの定例会を思い出しました。

 その、定例会で、山口隆祥があいさつというか、
「山口先生からのお言葉」
 を発するのですが、一度すごく印象的なことがありました。

 私の直属の上司のような関係のディストリビューターの人が、山口隆祥から肩をポンポンと叩かれた事がありました。

 たまたま、通路の近くに座っていたから、あいさつに行く道すがら「よう!」くらいの感じで山口隆祥はその人の肩を叩いたのだと思うのですが、その瞬間からその上司は、滝の汗を流し、鼻息荒くなり、顔面蒼白。
 定例会が終わると、目を白黒させて動揺し、
「おれ・・・おれ・・・先生から肩叩かれて、マジ、ヤバいよ。冷や汗タラタラだよ。焦るよ」
 と興奮。
 その日は一日、まるでダライ・ラマかローマ法王にでも激励されたかのような語り口で、山口隆祥を褒め称え、「こんな俺ごとき下っ端に目をかけてくれて」だの「俺の顔、覚えていてくれたなんて」だの、「俺も早く販社にならないとていう山口先生の励ましだな」だの、ブツブツ言い続けていたのでした。

 「山口先生」、それが30年前のジャパンライフでの山口隆祥の通称でした。

 肩をちょっと叩かれただけで、舞い上がるほどのカリスマ性と、まことしやかに囁かれる「すごい人」「神様みたいな人」「天才」という、その中だけで作り上げられた「伝説」。

 詐欺や過去の倒産を何も知らずに引き合わされた私は、ただただ圧倒されて、平身低頭した記憶ばかりです。

 サンシャイン60本社での定例会。
 箱根のホテル小涌園での月例会。
 毎週日曜日の体験会。

 なにかと集会を開き、人を集め、山口隆祥のカリスマ性を語り、その「すごい人」が開発した健康寝具を売りまくる。
 これが30年前のジャパンライフでした。

 おそらくその基本姿勢は、現代まで継承されて続けていたのです。

武見太郎と山口隆祥

 当時の山口隆祥は、ジェッカーの倒産から多くを学んだのでしょう。

 政治家や財界人、とりわけ、
「われわれは健康器具を売っているのだ」
 という意識から、日本医師会に重きを置いて、おそらくなんらかのコネクションを構築したのでしょう。

 当時、ジャパンライフがメイン商品としていた磁気付きの寝具をセールスする時に、必ずと言っていいほど見せるのが「元日本医師会会長 武見太郎」の「これからは予防医学だ」という資料でした。

 パンフレットだったのか、雑誌の記事のコピーだったのか、今となっては思い出せないのですが、ディストリビューターといわれる営業マンのほとんどが、分厚いファイルの最初のページにこの「武見太郎」の白黒写真と「これからは予防医学の時代」という見出しがある資料を入れていました。

「ほら、この人知ってる?お医者さんの頂点ともいえる日本医師会の会長、武見太郎さんだよ。この人もこれからは予防医学の時代だと言っているんです。だからこのジャパンライフの寝具で寝ることのよって、病気を未然に防げて・・・・」
 という話を「つかみ」としてまず最初に見込み客にするのでした。

 この武見太郎の妻が吉田茂の親戚筋になります。

 詳しく調べると、吉田茂の妻、吉田雪子は、大久保利通の次男である牧野伸顕の長女です。

 大久保利通の次男なのに「牧野」という名字なのは、生後間もなく父・利通の義理の従兄弟にあたる牧野吉之丞の養子となったからです。
 ただし、その養父・吉之丞は戊辰戦争における北越戦争(新潟)で戦死したため、伸顕は名字が牧野のまま大久保家で育ったそうです(牧野伸顕Wikipediaより)。

 牧野伸顕の長女、雪子は吉田茂(第48-51代 内閣総理大臣)の妻に。

 牧野伸顕の二女、利武子は子爵・秋月種英の妻に。

 二女、利武子の次女・英子が武見太郎の妻になっているので、吉田茂から見ると武見太郎の妻・英子は「嫁の姪っ子」ということになります。

 また、麻生太郎は吉田茂の三女・麻生和子の長男ですから、武見太郎から見ると妻・英子の「いとこの息子」になります。

 武見太郎と山口隆祥に直接的な親戚関係はありませんが、当時のジャパンライフが、武見太郎となんらかのコネクションがあったとしたら、そこから政界につながるさらなる人脈が築けたのではないでしょうか。

 これ以上書くとややこしくなるので割愛しますが、麻生太郎と安倍晋三も遠い親戚になります。
 「麻生太郎 安倍晋三 親戚」で検索すると、複雑な家系図が出てきて、それを見ると遠いけど親戚であることがわかります。

 つまり、武見太郎から見ると妻・英子の「いとこの息子」だった麻生太郎は、安倍晋三とも遠い親戚なわけですから、その武見太郎に何らかのコネクションがあった山口隆祥が過去に、安倍晋三主催の「桜を見る会」に招かれたとしても、何の不思議もないわけです。

 山口隆祥が最初に作った会社「ジェッカー」はすぐに倒産したけど、その教訓を活かして再建した「ジャパンライフ」は、詐欺まがい、悪徳商法まがいの商売を続けながら、40年近くも存続していました。

 それもこれも、山口隆祥がコネクションを重視し、コネクションの維持に様々な便宜を図ってきたからに違いありません。

ジャパンライフのサイト

 ジャパンライフの公式サイトにアクセスすると、トップでは「平成30年3月1日、東京地方裁判所において破産手続開始決定を受けました。」と表示されますが、「会社案内」や「沿革」は検索したら出てきました。

「ジャパンライフ株式会社は、創業以来42年間、「世界中の人々に健康で豊かな生活を提供する」を企業理念とし、代替医療の機器および商品開発の普及活動を続けています。」
 という山口隆祥の「ごあいさつ」も現時点では閲覧可能です(削除されている場合もあります)。

こちら>>>■「ジャパンライフ」会長ごあいさつ 

 「沿革」に記載されている「心血注いで研究開発した100種類以上の代替医療に貢献する商品をご用意」という文言が白々しいですね。

 嘘と虚飾で塗り固めた、詐欺まがい商法の総本山です。

 心血を注いできたのは、研究開発ではなく、いかにして人を騙し、金を巻き上げ、逃げ延びるか・・・という「悪徳」開発ではないでしょうか。

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